首席で卒業する先輩と3日くらい、教室でいっしょに絵を描いた。
先輩のアトリエに泊まっている人がいるので、絵を描く為に教室に来たという。(先輩はいつもアトリエで絵を描き、普段は教室にいない)
それまで、中国人学生に日本の大学の事、日本画の事、聞かれる事がなかったのであえて話さなかったけど、彼女はいろいろ聞いてくれたので話した。
今の若い人の絵が、暗い画題を選ぶ傾向にあることについて、伝統絵画を学ぶ事と、画家としての成功の話なども、いろいろ話した。
北京では才能のある絵描きが集まり過ぎ、また都市の政治的な風土もあって、伝統的なものじっくり学び、自分を成長させていくのは難しいという事を、彼女は話した。
これは日本も同じだと思う。
伝統的な方法にそって自分の絵を磨いていくのはとてもつらくて、時間のかかる事で、若いうちに短時間で認められようと思ったら、奇抜な事、人と違う事をしなければならない。でも、杭州なら伝統にそってじっくり学べる気風があり、おちついて学問をし、人としての内容を増やしながら、絵を勉強することができる、と。
暗い画題、自己の暗黒を表現する絵には、一種の排泄としての役目がある。
ただ、中国花鳥画は生命力を表現するものであり、自然から受け取ったものを表現する事も、また癒しとなる。清く透明で繊細な絵の世界には、自己も他者をも癒す力がある。そのためには、絵の技術だけでなく、やはり、学問や修養を積む事が大切だ、と。
中国での3年と言う時間はあまりに短すぎるけど、焦らず、じっくりと、残りの時間でなるべく多くのものを吸収できるように頑張ろう。
明治の頃の日本の画家は、やっぱり素養や教養が高かった。
品格はどこからうまれてくるのだろう?
こうして素養や教養の事を話すと、中国美院での教育がそれに偏っているように思われがちだが、日本のどの美術大学よりも厳しい実技のカリキュラムを組んでいると私は思う。描く量がハンパないし、テクニックへの要求が高い。先生も、学生の目の前で自ら筆をふるって見本を見せる。
アトリエが24時間使えるということも、とても大きい事だと思う。
それでも、卒業して絵の道を歩み続けることは、日本より難しい。
自由なイマジネーションの活動が、学んで得られるものではないのも、悲しい地政学的要因だ。