2009.05.27 03:31:17   このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
絵を描いているのはとても楽しい。
しかし、その境地を離れた時の、この惨めさは何だろう。
「山月記」の虎ように、電脳のマトリクスにジャックインできなくなったカウボーイのように、みじめだ。
だって、この年でまだ学校にいるから。現実は厳しい。
「文人画」の意味するところは、中国と日本ではずいぶん違う。
大雑把にいえば、絵を生活の糧を得る手段とせず、己を磨き、教養を豊かにし、楽しく絵を描いて生きてゆける人の作品を「文人画」と、よんだ。もちろん、専門の画家で、教養も人品も高い人もいて、その人は文人画家といえるし、作品も文人画といえるだろう。
これが、スタイルだけをまねた日本の南画とは根本的に違うところだ。
中国の文人画は、古画と人文諸学の学習から基礎を積み、自在で無限の変化へ進化するメソッドを内在した、人生を藝術的にするコンセプチュアル・アートとも言える。写意とか工筆とか言うスタイルで分類されるものではない。
文人画と文人画家にとって、生活そのものがアートであり、そこには経済的価値を超えた叡智と美と人間の存在の融合がある。
そこでは絵を売るという経済活動は、副次的な行為で、絵の評価は画家の修養の道しるべにすぎない。画家が鑑賞者と創作者の両方の楽しみを満喫できれば、それでよい。
中国に留学して長くなると、しばしば「ずっと中国にいればいい」とか、言われる。
中国に学んで中国と同一化するのは悪くない事かもしれない。
そういう日本人もたくさんいる。
しかし、私の場合、様々に中国の古き良きものを学んでみて、たとえば、中国の「憂国」や「古典を尊重する態度」、「知識人の社会への責任感」を、そのまま日本に還元したい気持ちを強く抱いた。
神仏や皇室を敬い、日本の古い文化に関心を注ぎ、万葉集や源氏物語を精読し、和歌をつくり、国民の義務について考えてみたり、ニュースや慈善活動に興味を持ったりする……これが私が中国から学んだ事を実践している途中のことだ。
別に論語を学んでも、中国人になる必要はない。
(現在の中華人民共和国で外国人は中国国籍を得るのは不可能)
孔子は、弟子に魯(孔子の故国)に忠誠を尽くせなんて、ひと言も言われてない。それぞれの親や先祖、主君を大事にしなさいとおっしゃっている。
私が教室でひとりで落語を聞いて掃除をしていたら、教室にモノをとりに来たある先輩が、いきなり「中国語を聞けよ」と言った。
中国語の勉強は大事だけど、正直、中国語にはリラックスする時に聞ける、よいコンテンツがない。少し前までDWの中国語放送を聞いていたけど、当局に遮断されて聞けなくなり、仕方なくポッドキャストの他のコンテンツを聞いていたのだ。
その先輩は、教室は散らかすし、ゴミをゴミ箱にすてないし、他の人の絵具とか勝手に使う(これらは中国の美大において普通の事だけど…)し、私の水タンクの水を飲んでもありがとうとか一言も言わないし、それでも、教養とか国学とかいろんな事を言うので、正直、苦手だ。
中国と日本は違って、アトリエの使い方にだいぶ差があるのや、掃除に対する感受性の差も理解できる。
でも、中国古典哲学や仏教(とくに禅!)は、文人画家にとって、頭だけで学ぶものじゃなくて、実践してはじめて、「理解した」と言えるのではなくて!?
グローバリズムの嵐の中、文人画家として生きるなら、まずそこんとこちゃんとしないと。
自分への自戒をふくめて思う。
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Comment
上に(現在の中華人民共和国で外国人は中国国籍を得るのは不可能)
と書きましたが、中国にもグリーンカードの制度があり、
外国人でも、「市民」にはなれるようです。
今日、紙屋さんで、杭州で初めてグリーンカードをとったという、
ドイツから来た方に会いました。美院の卒業生で、中国語凄く上手だった。

Comment by Hiromi @ 2009.05.27 20:12:46 PM

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