2009.04.11 01:34:38   このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
明日から洛陽にいきます。
牡丹を描きにいきます。
ネットはできると思います。
街を歩きながら(;´ Д ')ハァハァしてしまうかもしれない。
だって、はじめて、中国史上最愛の集団の本拠地のひとつであった場所に行けるから。
牡丹が描きたくて決めたことですが、雨の日のための博物館の下調べをしていたら、そういう場所だったということを思い出しました。
正直、「内陸の田舎の都市にいくと、面倒なことが多そうでヤダなあ」と思っていました。こんな風に、中国の熱気にあてられて、不感症になっていた自分の心が、久々に荀、もとい、純な気持ちになっています。
こういうオタクな気持ちは、大事にしなければなりません。
中国暮らしは長いくせに、敵国ばかりに暮らしていて(成都=蜀、杭州=呉)、その間にスレてしまい、自分が何を愛していたのか、忘れていました。
人として、悲しいことです。
やっぱり、「蓋文章經國之大業. 不朽之盛事」なんです。忘れてはいけません。
文人のルーツがそこで生まれたのです。
うちの先生は、幼い頃、お父さんにセンヒキで手が青あざだらけになるまでしばかれながら、絵を学んでいたそうですが、そういったスパルタな日々のある夜、夢に潘天寿がでて来て、「うん、線はこうやってひくモノだ」と教えてくれたそうです。
私たちにも、夢にそういうことがでてくるくらい絵を描けと言います。
私も腱鞘炎で鉛筆が持てないくらいに牡丹を描きまくったら、加山又造先生が夢にでて来てくれるのでしょうか?
ここここにちいさなスケッチをのせたので、よろしければみてやってください。
Posted by KUTSUNA HIROMI | Permalink | comment (2) | trackback (0) | Comment by Twitter
TAGz  
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます。
Trackback Pings
Trackback URL for this entry.
http://lab.yinguo.net/sc5/ydue4nf.cgi/2234
Trackbacks
Comment

ご無沙汰してます。洛陽、いいな!

スケッチ拝見しました。
私は、本格的な美術学校教育を受けてことはないので、
あまり偉そうなことを言えた筋合いではないのですが、
見た印象としては、「静止状態」を「リアルにスケッチ」はできているけれど、
「動きをデザイン化」する意識が抜けているあたりが、
中国画の先生に指摘されているのだと思います。
静物画でも、実際に動いたら各パーツがどういう流線運動をするのか、
その「前後の動き」も表現しつくすつもりでポージングさせたり、
あるいは葉のしなりをもっと大胆に「円」を内包するような線で描くと、
先生のおっしゃる「中国画的表現」に近づくのではないでしょうか。

もっと抽象的なことをいえば、「絵を描く」時に、「紙の上に黒い線をのせる」のでなく
「白い空間を切り分ける(その境界が「線」)」感覚で線を引く。――居合い斬りに近いです。
銀果さんの場合、なんとなくまだ頭が「線を置く」ことばかり意識していて、
「空間を切り分ける」ように手を動かせていないんじゃないか、と感じました。

生意気なこと書いてすみません。
でも、日中伝統の山水画における「線」のとらえかたって、西洋的な写生よりも、
マンガの表現技法に近いかもーと、よく感じます。
私の夢には、マグリットもダリも出てきてくれたことはありませんが、
自分の夢の背景はいつも自分でパース切って描いていますよハハハorz

Comment by TAKAI.Yen @ 2009.04.12 01:15:15 AM

Comment

おひさしぶりです!
 
そして、ナイスな送球、本当にありがとうございます。
まさに、そういうことだと思います。
鳥とか動物の時は、もともと動きまくってるものだから、自分でも生き生きとかけてるなあ……とか思ったりするのですが、植物は自分でバランスとると、人工的な感じになってしまって、小さな部分のつじつまあわせが全体に影響して、あんまり美しく見えなくて、自分でもどうしていいか、本当にわからなくなっていました。
 
ほんとうに的確すぎるアドバイスです……
ジャンルとか関係なしに、私は毎日手を動かしている人が、最強だと思っています。
最近、釣りキチ三平の漫画をみる機会がありました。あの漫画は、背景も含めて、めちゃくちゃ絵がうまいと思います。ページ全体で、自然の美しさや生き物の生命力を描ききってて本当にすごいと思いました。
 
頭では、日本のことは忘れて、中国画をしっかり修得しなければならないことをわかっていても、心の中に、中国的なものに自分が感じている抵抗感が、どうしても拭えなくて、いまだに葛藤をかかえていました。でも、最近、もう一度、世界中の様々な時代の素描や作品をみなおしてみて、結局はスタイルとか文化の壁とか関係なしに、「絵としていいもの」が、中国画としてもいいものになるんだと思うようになりました。
自分のみたものを信じて、萎縮せず、小細工せず、素直に思い切りよく描くことで高井さんのおっしゃるような感じに、自然と近づいていけるようになるとよいと思いました。

洛陽、いまでは石炭のニオイにみちた、埃っぽい内陸の田舎都市ですが、牡丹はものすごくきれいで、そこだけロマンがある感じがします。
そんなわけで、今日も頑張って描きます。ありがとうございました。

Comment by Hiromi @ 2009.04.14 08:22:04 AM

Leave your comment
Name and E-mai address are required. 投稿には名前とメールアドレスが必要です。
E-mail address never displayed. メールアドレスは表示されません。
  

Your Comment : Remember personal info?
After the preview,you can post a comment. プレビュー後にコメントを投稿できます。
 
 
Recent TrackBacks