2009.02.07 12:06:51   このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
紙本墨画五部心観 重文 承安3年(1173) 
1巻 和歌山・高野山西南院
紙本墨画五部心観(完本) 国宝 円珍の大中九年の奥書(855)
1巻 滋賀・園城寺 (H30cm W1808.9cm)
紙本墨画五部心観(前欠本) 国宝 唐時代/平安時代
1巻 滋賀・園城寺 (H29.6cm W1171.6cm)
紙本墨画五部心観(智証大師本) 重文 建久五年禅覚書写ノ奥書アリ(1149) 1巻
先日、高野山で五部心観を見て、そのチベットっぽさ、線の豊かさに心魅かれて気になっていたら、サントリー美術館で秘仏である(前欠本)が2/7 〜23に拝観できることがわかった。絶対に行く。大阪では両方出ていたんだ……
大きさからして、模写するのにいい感じだ。秘仏であるので図像の入手が難しいかもしれないけど、機会があれば、是非、うつしてみたいなあ。
853年に民間の交易船で唐にわたり、6年を唐で過ごした智証大師は、天台山・国清寺、禅林寺を経て、青竜寺で、三大法即ち金剛界・胎蔵界・蘇悉地を授かる。五部心観は青龍寺で授けれられたもの。しかし、この図像はあまり日本には広まらなかったみたい。
ここで私が紹介しているツァクリを購入したとき、ほかにもたくさんのツァクリがあって、中には五部心観に描かれているのと似ている図像がたくさんあった。高野山で思いがけなく拝見したとき、日本の仏教の聖地にこれらの図像があるのにとても驚いた。
645年、日本が大化改新の時に、玄奘三蔵が膨大な教典とともにインドから西域を経て帰唐した。
763年には吐蕃が半年間長安を占領していて、823年にはラサには唐蕃会盟碑が建立され、851年には西域や辺境の11州が吐蕃から唐へ復帰している。
弘法大師の入唐は804~806年。
インドに源を発し、ネパールを越えてチベットに根付き、西域を通して中国にたどり着いたレアな仏教は、確かに日本人の留学僧にバトンタッチされたのだと思う。
……中国に行ったことで、日本の文化がとても新鮮に見え、またグローバルな要素が存在すること目が向くようになった。残りの一年半、もっと密度を上げて精進しよう。
「虚しく往きて実ちて帰る」ようになりたい。
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