2008.09.30 12:54:16   このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
私のルームメイトや仲のいい友達は、ヨーロッパ人のベジタリアンだ。
彼らとよく議論になるのが「植物と動物の命の重さ」。
神道を背景とする仏教徒の私は、「命に軽重はない。必要な栄養はちゃんとらなくてはいけない。だから食べ物は全て感謝していただくし、必要以上には食べない」。でも一神教が背景で仏教に憧れを持つ彼らは、「植物と魚の動物の命の重さや苦痛は全く違う。動物を殺して肉を食べるのは残酷」。という考えだ。
このような考えがヨーロッパに広まっているのを、友達の言動をみていても感じます。
上記の記事によれば、温暖化の次に来るのが生物の多様性保護や動物愛護になるかも知れないとのことです。
……人間の文明そのものが動物や植物にとって悪だよね……人間の繁栄は誰の犠牲の上に築かれているのだろう……。
花鳥画を描く私、猫を飼う私、お肉を食べる私は、いろいろ考えてしまいます。やる偽善のほうが、何も行動しないよりはマシだと思うのですが、それじゃあ、インドのジャイナ教徒みたいになってしまうよ(虫を殺せないから農業に就けないなど、殺生を禁じるあまり戒律に縛られた生活を送っている)。
化粧品、絵具、絹の服、毛皮、靴……等、動物原料の素材がたくさん生活の中にはある。
ペットを飼うことは、動物の自由の侵害?
人間の文明なんて、寒冷期に動物を殺して食べて皮をはいで生き延びてきて成立していて、今も多くの動物の犠牲の上になり立ってるのだから、今更、その原罪は消せないと思う。犬も猫も人間の生活に入り込むことで進化してきている。避妊が残酷だからペットを飼うのをやめたら、不幸なペットも減るけど、幸せなペットも人間も減る。
大事なのは、地球の生命の循環の中で、どうやってバランスをとって生きて行くかだと思う。
肉を食べないのは健康にもいいことかも知れないし、環境への負担も少ない。中国では危険な食べ物から身を守ることにもなると思う。食事に同席する我々は、気を使わなくてはいけないけど、それはささいなこと。でも、動物の苦痛や「肉を食べない」ことだけにこだわって、中庸や別の角度からの視点を忘れてはいないかなあ……。
そもそも、アジアでは、「アニマルウェルフェア」なんて100年以上すすみ過ぎてる考えだ……命の重さの差を論じる前に、まず人間の最低限の幸福が保障されてないからなあ……難しい。
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