日本で現代の水墨画や中国画があまり評価されないのは、好みの問題ではなく、「絵」でなく「水墨画」だったり「中国画」だったりする実体の無い概念にハマりすぎてるからだと思う。「日本画」にも同じことが言えるけど、日本画をやってる人の多くは、足がかりの技法材料が日本画と言うだけで、「絵」を描いてるから、フツーの人にもそんなに分かりにくくは無いと思われるし、普遍性もソコソコある
はず。
『蒼天航路』と言う漫画の中で、曹操が始皇帝の万里の長城をみて、「始皇帝は長城を築いて、己の巨大な帝国を確立した気でいたが、しかし、同時に自分の限界を自分で決めてしまった。」と言うようなことをいっていた。美院というか、杭州人の中国文化や国画に対する態度にも、その始皇帝のような狭さを感じざるを得ない。
日本は小さな島国で、さぞや日本独自の文化を大切に大切にしてきたかと思われるけど、実はほとんど外から来たもので、漢字とかは言うまでも無く、懐石料理だって戦国時代末期に南蛮人の食事、つまりフルコースから生まれたものだ。日本画だって、学べば学ぶほど、外から来た要素が多い。でも大切なのは、伊勢神宮の式年遷宮のような、変って変って新しくなり続けても、でも、それでも変らない目に見えない和のこころ。
懐石料理のルーツを知ってるからこそ、そこにある純日本的なものをよりわけて知ることができて、それより際立たせたり、発展させていくこともできる。
中国なんていろんなトコと陸続きで、しかも超巨大な多民族国家。漢民族のルーツだってメチャクチャ。でも、それなのに涼しい顔して「中国の伝統が云々、中国の○○は世界一ィィィィ」とか言われると、ちょっと腹が痛くなる。確かに、中国文明はスゴイ、偉大。でも、それを言ってるだけじゃ、学問じゃないでしょー。
四川大学で博士課程にいた人が、「国ごとで文化を区切って勉強するやり方には限界がある。文化は川のようなもの。文化の因子は世界を迴る。例えば仏教、国ごとに分けないで、仏教と言う大きな大河の流れを辿らないと」って言ってた。芸術だってそうだよー。中国の殻の中だけのこと考えてたら、見えるものも、見えなくなる。見ないことにしてて、本当に消えてしまったルーツの手がかりとか、すごくたくさんあっただろう。
中国人が中国文化を語る時、他地域の文化は比較する対象や相容れない対立したものでしかないことが多い。交流とか流入とか影響とか、あまり考えてない(四川とか北京の学者はまた違うかも)。そういうのを無視し続けてるから、今、中国人自身による中国の文化の研究は、新しい考古学的な発見でも無ければ、ほとんど袋小路にハマってる。よく耕された土壌があって、たくさんの種が蒔かれているのに、誰も水をあげてない。そして「官」、「宮廷」、「画院」、「文人」の文化と、「民族」、「民間」の文化の間にある勝手に作られた壁の高さと言ったら
。
中国の文化は本当に人間臭い。でも研究する人は、その文化を乾いた紙のようなものの上にあるとしか考えてないみたい。血の通った人間が作ったものとして、科学的なエッセンスも加えて考えれば、もっと面白くなるのに、と思う。中国的なもの、南方的なもの、北方的なもの、外から来たもの等々、いろいろなもの明らかにして、それぞれを守りつつ、うまく発展させていく方向をみつけなくちゃいけない。
当然、美院には頭の柔らかい面白い先生もいるし、謙虚に中国文化を見つめ直してる先生もいる。美院は学識と手の技が共存してるすごくいいトコだ。でも、あんまりたくさん講義を聴いたから、ちょっと疲れた。
今日は学校以外の私塾みたいなとこにも行った。4時間以上休憩無しで、琴と仏道儒について聞いたり、論語とかの古籍を精読した。多分、もう行かない。
自分の担当教授は、作品が全てで、理論はあえて語らないし、書や摸写は眼と腕を磨くためにどんどんやれと言うけど、人の真似なんかしちゃいけない、自然から自分で学べ、っていつも言うし、骨格や解剖学にうるさい。楽しいけど、すごく厳しい。それと、中国人にも留学生にも、同じように、他の用事はなるべく減らして、修論も最低限でいいから、とにかく絵に集中しろ、と言う。やっぱり、絵を描かなくちゃ。
盗人は猛々しくなくてはいけないし、文人はやっぱり相争わなくては、得るものも得られないよね、となんとなく思った。