2005.09.01 11:11:19   このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
私は雑居生活がけっこう好きだ。

三高の頃、東京の予備校に通うために、夏休みの一ヶ月、賄い付きの予備校生の宿舎?に投宿していた。六畳一間に、女六人、ひとり一畳。布団キツキツ。しかも、みんなそれぞれ通う予備校が違い、共通の話題もない。夜遊びして遅くに帰ってくる人、廊下でいつまでも男と話してる人、まじめな人、それぞれだ。それでも我慢できたのは、もともとこの宿舎は東京へ来た修学旅行生用の旅館で、お風呂が広かったことと、値段がとても安かったことによる。多分、ひと月で3万円くらいだった。場所は本郷の東大のすぐそば。
そこで、同じ予備校の人と知り合ったり、いろんなひとと話したりした。こういう特殊な状況で勉強するのは、予備校も美術で毎日変ったことの連続だったせいもあって、けっこう楽しかった。

浪人生の時、一浪めはアパートを借りて住んでいた。でも、予備校から遠くて、通勤ラッシュがひどすぎたので、二浪めは予備校の近くの賄い付きの下宿に引越した。
ここではひとり一部屋を与えられたが、洗濯はコインランドリーで、共同シャワーに共同トイレ。お風呂はよく銭湯に行きました。幸いいろんな銭湯がある土地だったので、銭湯巡りはとても楽しかった。下宿のおばさんが作る料理も、ボリュームが有り、健康に配慮されててそれなりに良かった。他の賄い付きの下宿に比べて、同じ予備校の中ではマシな方だったのではと思う。贅沢言ったらきりがないし。あたたかい布団と、食事と、集中して勉強できる環境があれば、それで満足だった。
私が何とか大学に潜り込めたのも、この下宿あってこそだと思う。
一人暮らしでは出会えなかったであろう仲間や、いろんな人と知り合えた。
下宿があった目白という場所も、今でもとても好きな場所だ。

大学の時は、最初の2年は妹と住み、後の二年はひとりで谷中のボロアパートに住んだ。
院のときは実家から長距離通学。始発終電の毎日。
やっぱり学校と家、職場と家は近い方がいいというのが、この時に得た教訓だ。

一人暮らしの時間も長かったけど、あまりいい思いではない。酔っぱらって帰ってきて、そのまま寝て、おまわりさんにドアが開いてるよと、夜中に起こされたことがある。
……というか、ひとりだけだと特に思い出ができるはずもない。ひとりだと、私は片づけられない女なので、部屋も汚くなるし、勉強もしないで適当に自分の好きなことばかりするだろう。(今もネットしてるしな!)その気になれば、誰とも話さないで一日を過ごすだろう。
つまり、人目があった方が緊張感のある生活ができるということです。
究極の理由はお金がない、につきますが、お金があっても、2人部屋にいると思う。
その分、多分別のことに使うだろう。

いまの同屋は、韓国のひとで、中国語がけっこう話せるし、友達もそれなりにいる。
わからないコトバも教えてもらえるし、掃除もよくする人だ。加えて、スピーカーも持ってない(これは以外と重要だ。2人部屋でヘッドフォンを買う前にスピーカーを買う神経は、ちょっと理解できない)。
気遣いもそれなりでよく言葉をかけてくれるし、いい感じに間合いをとってくれる。
いまのところは、2人部屋でも快適です。と言えるだろう。
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